3年目の学校訪問その2  ―環境と候補地の巻―

続いては、前出の管理者問題と合わせて我が頭を悩ませていたのが、学校のある環境の問題です。
縁あって台江という地で始める事が出来た刺繍学校ですが、今回の訪問で更に深刻な状態になっていました。 本来は刺繍の里と謳われていた台江のはず。。。しかし3年目の訪問で現実は見事に我々の理想をこっぱ微塵にしてくれました。(涙) そこは刺繍の香りもミャオの里としての風情もなにも無い町になってしまっていたのでした。中国が今推し進めている開発の波で無残にもその姿を変えてしまった。開発といってもそこはド田舎、中途半端な町の様子は落胆してもしきれない。厳しい事をはっきり言ってしまえば、わざわざ行く意味のない、魅力のない町になってしまっているという事です。我々が最終的に望む「自然溢れる苗(ミャオ)の里、その村に溶け込む刺繍学校」の図はこの町ではもはや現実不可能だと感じ至る次第。う~今いる子供達・そして管理者その全てを丸ごとよその地に運ぶ事ができたら。。。
まーそれはちょっと飛躍し過ぎた考え方としても今後の為、刺繍学校や刺繍文化の広がりの為、新たな地を開拓するというのも大きな目的であったのです。あっ!だからといって台江の学校を今すぐ無くしてしまう気はありませんので御心配なく。あの学校はあの形でささやかながら続けてゆき、又新しい広がりとして。。。、というスタンスです。
そこで力を貸してくれたのが北京の苗知人、偉(Wei)さん。この方も縁あって知り合う事が出来た方なのですが、彼女は生粋の苗(ミャオ)族・雷山の出身。現中国民族博物館の主任を勤めておられる切れ者です。(フランス中国文化年でご紹介したパリ行きの1団も彼女が関わっています。)その彼女が我々の取り組みにいたく共感して下さっており、何かと相談にのって下さいます。そこでこの件でもある1つの町を紹介してくれました。
その地は雷山・西江。現地入りする前に写真等で下見をしていたのですが、それはそれは理想的な環境。この思いは現地に立っても変わる事は有りませんでした。恵まれた自然体系。川が流れ、せり出した山肌に張り付くように建て込まれた苗(ミャオ)の館。そう、我々が抱く美しい苗(ミャオ)の家並みが続きます。ここの将来性は誰が見ても明らかな様で、この美しい環境を守る為、以前からある鉄筋のコンクリート校舎をわざわざ取り壊し、周りの景観に溶け込む木製の校舎を建て直している程、なんと近い将来、電線も地下埋設し、文化保護区に指定すべく町ぐるみ(国ぐるみ)で動いているという町でした。ここならば、環境は守られた状態で沢山の観光客も訪れるでしょうし、ここに刺繍学校があれば、きっと広がりを見せるだろう。。。
夢は止め処なく広がりました。予め連絡をしてくれていたので現地の小学校の先生ともお話をさせて頂く機会を得ました。とても好感触。ここでは貧しい子を集めて・・・というよりもそんな垣根を越え、誰もが集える刺繍クラブ的なものが有ればという話で話が弾みました。 この町でも何か出来たら・・・そう思えた瞬間でした。では皆様~西江の旅をとくとお楽しみ下さい~♪

 

山又山・・・雷山から車で1時間半の里。
山又山・・・雷山から車で1時間半の里。

舗装の準備が着々と進められていたので、もっと便利になるでしょう。

ご覧あれ!見事な景観
ご覧あれ!見事な景観

美しい町でした。
美しい町でした。

建て替えられた政府庁舎と校舎
建て替えられた政府庁舎と校舎

西江小学校の生徒さん
西江小学校の生徒さん

学校の先生方。この町の子は幸せだ
学校の先生方。この町の子は幸せだ

刺繍クラブにこの教室の1つを貸してくれるとも。
刺繍クラブにこの教室の1つを貸してくれるとも。

学校の前には川が流れ。。。
学校の前には川が流れ。。。

それから、同じく雷山・朗徳も良い村だったな~

雷山から車で30分。小さな村朗徳。
雷山から車で30分。小さな村朗徳。

小高い山手側から川を見下ろす甍の波
小高い山手側から川を見下ろす甍の波

村に張り巡らされた小道は全て昔ながらの石畳
村に張り巡らされた小道は全て昔ながらの石畳
干した唐辛子が軒を飾り、古い木造とのコントラストが実に美しかった。
干した唐辛子が軒を飾り、古い木造とのコントラストが実に美しかった。

 

雷山には、まだまだいたるところに昔ながらの村々が点在し、居心地の良い所でした。